教皇の寵愛を得て堅信礼を受け祭司への道を歩んで行くエルガルド (C)IBC MOVIE / KAVAC FILM / AD VITAM PRODUCTION / MATCH FACTORY PRODUCTIONS (2023)

ナポレオン戦争終結後のヨーロッパの秩序再建と領土分割を目的に開かれたウィーン会議(1814年9月~1815年6月)以後、イタリアは教皇領も含めて8~12か国に分立していた。一方で、政治的・社会的なイタリア統一運動も起こり伸展していく。そうした時代に1858年6月23日に教皇領ボローニャでユダヤ人商人の息子の一人が教皇領保安警察に連れ去られる事件が起きた。この事件へのユダヤ人コミュニティーの強固な反応ととも教皇領の衰勢とイタリア統一運動の顛末を詳細に著わしたデヴィッド・I・カーツァーの『エドガルド・モルターラ誘拐事件――ある少年の数奇な運命とイタリア統一』(邦訳書名、漆原敦子訳、早川書房刊、2018年)を元に、マルコ・ベロッキオ監督は、被害者エドガルドと家族の苦しみにフォーカスを当てながら自由な発想と映画美で本作を演出している。

6歳のユダヤ人少年が
強制連行された事件

1851年8月27日、教皇領ボローニャの町に住むユダヤ人商人サロモーネ[通称モモロ]・モルターラ(ファウスト・ルッソ・アレシ)と妻のマリアンナ・パドヴァーニ(バルバラ・ロンキ)に6番目の子どもエドガルドが生まれる。生後6か月のある夜、高熱を発しベッドに横たわるわが子のために詩篇の一節を唱えるモルターラ夫妻。その様子を見ていた召使いでカトリック教徒のアンナ・モリージ()は、赤ちゃんが洗礼を授けられないまま死ぬとんでしまうのではないかと哀れに思う。

(C)IBC MOVIE / KAVAC FILM / AD VITAM PRODUCTION / MATCH FACTORY PRODUCTIONS (2023)

6年後の1858年6月23日の夜。モモロ・モルターラとマリアンナ夫妻宅に教皇領保安警察のルチーディ准尉()が警官たちを伴い訪ねてきた。用件は家族構成と本人確認をするという。5男3女の子どもたちの中から6番目の子エドガルド(エネア・サラ)の顔と年齢(6歳)を確認するとルチーディ准尉は、エドガルドが何者かによってカトリックの洗礼を受けているため連れてくるよう命じられている、と両親に宣告する。モモロ夫妻はじめ異変を知り集まっていた親戚や知人たちは、准尉の宣告に驚愕する。いつ誰が何のために、誰も気づかないうちにエドガルドに洗礼を授けたのか。洗礼を受けたユダヤ人の子は、教会法によりキリスト教徒として育てられる。モモロとユダヤ人コミュニティの代表は、准尉に命じたフェレッティ枢機卿の所へ行き執行の延期を願い出るが、フェレッティ枢機卿の応答は家族と過ごすための猶予を24時間与えた。

翌日、エドガルドは二人の女性に付き添われてボローニャの町から教皇ピウス九世(パオロ・ピエロボン)のお膝元ローマの教育院へ連れられて行く。教育院には、ゲットーから連れられてきたエリヤら、エドガルドと同じ年頃くらいの子どもたちが十数人いてカトリック教徒として成長するための教育を受けていた。

記憶力に優れ、利発な対応に富むエルガルドは、教育院の子どもたちの中でも教皇に憶えられ、堅信礼を受け祭司への道を歩んで行く…。

信仰する自由とは
を突き付ける演出

後半はボローニャ市民が蜂起し教皇領から町が解放されると、モモロは息子を取り戻そうとフェレッティ神父を被告に裁判を起こす。一方、イタリアが統一されていく戦いのなかで死を迎えつつある教皇、司祭として息子として家族に改宗を説き続けるエドガルド。監督の演出は、公権力による誘拐の被害者エドガルドが自由を得てなお、合理性を失った被害者像として描いているかのようだ。だがエドガルドは、洗礼を受け祭司になって生き続けているのは自分の自由意思からだと家族にも告白している。日本ではいま宗教二世問題などから宗教の信仰する自由への行政の指導・介入が起こりつつある。本作は、そうした“信仰するの自由とは”を信仰者に改めて問いかけている。【遠山清一】

監督:マルコ・ベロッキオ 2023年/134分/イタリア=フランス=ドイツ/原題:Rapito、英題:Kidnapped 配給:ファインフィルムズ 2024年4月26日[金]よりYEBISU GARDEN CINEMA、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかロードショー。
公式サイト https://mortara-movie.com
X/twitter https://twitter.com/kidnapped0426

*AWARD*
2023年:カンヌ国愛映画祭コンペティション部門出品。ナストロ・ダルジェント賞作品賞・監督賞・脚本賞・主演女優賞(バルバラ・ロンキ)・助演男優賞(パオロ・ピエロボン)・編集賞・グリエルモ・ビラーギ賞受賞。金鶏奨監督賞・主演男優賞(パオロ・ピエロボン)受賞。バリャドリッド国際映画賞脚本賞受賞。ミュンヘン国際映画祭外国語作品賞ノミネート。平遥国際映画祭観客賞ノミネート。