《連載》世の目人の目聖書の目#23 放火の前に 愛に出会っていたら
碓井 真史 新潟青陵大学大学院教授/心理学者
一人の優しさが人を変え 未来を変える
36人が亡くなった事件で死刑判決が下った。京都アニメーション放火殺人事件だ。被告人の男は、父からも母からも満足な愛を受けずに育った。ひどい虐待も、経済的困窮も経験している。それでも彼は働きながら定時制高校に通い、皆勤で卒業した。だが、仕事はどれも長続きしなかった。
精神的な病を発症し、犯罪を繰り返し、逮捕もされている。彼には人生の希望がなかった。そんな生活の中で、彼は京都アニメーションの作品に出会い、小説家を志す。「1年後に作家デビュー、5年後に家を買う、10年後は大御所」。彼はそんな夢も語っていた。
しかし実際は、インターネット上の小説サイトでも全く読者はつかない。京都アニメーションの作品公募にも応募するが落選。そして彼は、盗作されたとの妄想を抱くようになる。彼はメモ段階で捨てた内容も盗作されたと語っている。彼は思った。「人生がうまくいかないのは全て京都アニメーションのせいだ」。そして凶行に及ぶ。
もしも彼が、愛と優しさに包まれて育ち、きちんと治療も受けていたなら、事件は起きなかっただろう。戦後最大の大量殺人事件。被告人に安易に同情はできない。しかしそれでも、何かが少し違っていたら、悲劇は防げていただろう。
もしも彼が、あなたの教会に来ていたらどうだっただろう。もちろん、どなたでも教会は大歓迎だ。しかし、暴行事件や女性の下着の窃盗で逮捕されている男だ。親兄弟にも殺意を抱き、訪問した男性看護師の胸ぐらをつかんで、包丁を振り上げた男だ。教会員のみなさんと、すぐに仲良くなれるとは思えない。トラブルの可能性は大いにあるだろう。
様々な問題を抱えている人。逮捕されるような人。教会みんなで彼を支えようとしたのに、裏切られることは珍しくない。二度も三度も裏切られることもある。牧師としては、家族を守り教会を守るのは当然だ。過去には非常に悲しい事件も起きている。自分たちを守ることは大切だ。
それでも、度重なる裏切りと失敗の末に立ち直る人はいる。今回の被告人も終始乱暴なわけではなく、小説を書くような人だ。小説家にはなれなくても、別の活躍はできたかもしれない。妄想を持つ人は実はたくさんいるのだが、社会生活が順調なら犯罪など犯さない。
ある教会は、精神的障害のある人を積極的に支援した結果、自分も助ける役割を、、、、、、、
(2024年02月18日号 03面掲載記事)