碓井 真史 新潟青陵大学大学院教授/心理学者

「ウイミックスはみんな、いろんなかっこうをしていた」。一人の彫刻家エリに作られた木の人形ウイミックスたちを描いた絵本、『たいせつなきみ』(いのちのことば社フォレストブックス)の最初にある言葉だ。人形たちは互いに相手を評価し、金ピカのお星さまシールと、灰色のダメ印シールを貼り付けあって暮らしていた。
主人公は絵の具もはげて見た目も悪いし、歩くのも遅い、何をやってもだめな人形。向上心を失い、無気力な生活をしていた。しかし彼は、彫刻家に会いに行き、自分が大切な存在だと知る。この物語は、多くの共感を呼んでいる。現代人が、評価されることを恐れている時代だからだろう。特に若者たちは、叱られるのはもちろん、ほめられることすら恐れる。いったん良い評価を得たあとで評価が下がり、がっかりされるのが嫌だと言うのだ。
絵本の彫刻家は、何でもできる。主人公の絵の具を塗り直し、スポーツ万能の体に作り変えることも。しかし、彫刻家はそんなことはしない。むしろ「シールが貼り付くようにしていたのは、お前自身なんだよ」と優しく諭す。
自信がなく自己肯定感が低い若者は、能力のない若者だけではない。客観的に見れば、外見も能力も十分に優れた若者でさえ、評価を恐れ周囲の目を気にし、友人たちを恐れている。心の問題が解決しなければ、美容整形をしても大会で優勝しても、それで得られる自己肯定感はとても不安定だ。
主人公が改造してもらったとしても、別の人形と比較して、またきっと落ち込むだろう。では、人形たちをみんな同じにしたらどうだろうか。人形たちは、みんなモデル体型で、同じように運動神経が良く、音楽も数学も得意。差がつかないように同じ点数で、同じ顔。これこそユートピアだろうか。

造り主に全肯定される体験を若者に

しかし、こんな世界は面白くない。人形を買いに行ったら、店中に同じ人形ばかり並んでいるなんて、楽しくない。彫刻家にとっては、みんな同じにするのは簡単なことだろう。けれども彫刻家エリが造った世界では、「ウイミックスはみんな、いろんなかっこうをしていた」。
「みんな違ってみんないい」(金子みすゞ)と言うけれど、若者は人と違うことを恐れている。個性尊重の時代のはずなのに。個性を伸ばせと教育されているのに。だが金子みすゞは、それぞれ優れている部分があるから良いと単純に言ってはいないように思う。むしろ、鈴は歌えない、鳥は走れない、私は飛べないと、できないことを並べて、その上で、みんな違ってみんないいと語る。
『たいせつなきみ』の主人公は、修繕され改造されなくても、自分が大切な存在だと知る。絵本の原題は、You are special 。スペシャル、特別、と言うと、何か特殊才能があるように感じる。しかし英和辞典を見れば、スペシャルには、私にとってかけがえのない、大切なという意味もあることがわかる。その真実を知った上で上を目指すなら、それは厳しくとも楽しいだろう。若者たちは、彫刻家エリのような存在と出会うことを、願っている。

2024年06月16日号 03面掲載記事)