映画「名もなき塀の中の王」--犯罪者でも子どもを守る父親の心情に変わりはない
犯罪者の父親は幼い時から刑務所暮らしで、母親は若くして亡くなり施設で育ち、未成年だが凶暴性があるため刑務所送致された男の物語。全編にわたって刑務所内の不気味さ、恐怖感がリアルに描かれていて、暴力と脅しの世界で生きることの凄まじさを実感させられる。自分の力しか信じられない世界で、犯罪者の父親が服役してきた男を息子として愛し守ろうとする心情が、人間として存在していることの温もりと希望を語っている。
エリック・ラヴ(ジャック・オコンネル)、19歳。彼の凶暴さは少年院では手にあまり刑務所に送致されてきた。凶器を隠し持っていないか全裸での身体検査の後、「独居房、要注意人物!」と申し送りの声が響き、111号房へ。
独居房に入っても妙に落ち着いているエリック。まず支給された髭剃りの刃を抜き、ライターで歯ブラシを焼いて溶かし髭剃り刃を接着させて凶器を作って隠す。看守には反抗的で、服役囚らにも媚びを売らない。運動の時間も、運動場は歩かずフェンスを背に服役者たちを観察している。
すると、一人の服役囚が近づいて来て「ここは少年院とは訳が違う。跳ね返りは看守に吊るされるぞ。自殺に見せかけられるんだ。おとなしくして、生き延びろ!」と忠告する。刑務所内でも殺人を犯し一生刑務所を出所できない父親ネビル・ラブ(ベン・メンデルソーン)。ネビルは、ボランティア・スタッフ心理療法士オリバー・バウマー(ルパート・フレンド)のグループカウンセリングにエリックを無理矢理参加させる。
だが、エリックは、おとなしくはしていない。嫌がらせをする服役者とはトラブルを起こし、副署長や看守長にもにらまれてしまう。やがて、エリックは、執拗に命を狙われるようになる。父親として見過ごせないネビルは、誰がエリックの命を狙っているのか黒幕を探し始める。
最初はバウマーのグループカウンセリングに反発していたエリックだが、看守側と思っていたバウマーが体を張って副所長や看守長たちの暴行から守られたり、カウンセリングを受けている服役者たちとの交流をとおして心を開いていく。だが、そうすんなりとはいかない刑務所の世界。脚本を書いたジョナサン・アッセル自身が、刑務所内でのカウンセラー経験を持っているだけに、服役囚たちの目つきものこなしの立ち居振る舞いから、監房に響く音や雰囲気までリアルの描写されている。
緊迫したストーリー展開の中で、ネビルの部屋の机に幼いころエリックが書き送った似顔絵が飾られているのに安堵感を憶える。だが、同じ服役囚として身近に来た息子に、ぶっきらぼうに常に命令形でしか話せない不器用さ。そんな父親に、自分を認めさせたいエリック。確執と思慕の中で二人の間に愛情の絆が結び合わされていくプロセスが胸に迫る。 【遠山清一】
監督:デヴィッド・マッケンジー 2013年/イギリス/106分/映倫:R15+/原題:Starred Up 配給:彩プロ 2015年10月10日より新宿K’sシネマほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://heinonaka.ayapro.ne.jp
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*Award* 第57回BFIロンドン映画祭ブリティッシュ・ニュー・カマー賞(脚本)受賞、作品賞ノミネート。第16回ブリティッシュ・インディペント・フィルム・アワード助演男優賞(ベン・メンデルソーン)受賞、技術効果賞・監督賞・脚本賞ほかノミネート作品ほか多数。