2017年10月29日号 06面

聖書の中心性を回復させた宗教改革から500年。この年を記念して『聖書 新改訳2017』(以下『2017』)が発売された。『聖書 新改訳』(1970年)の編集方針を受け継ぎ、最新の聖書学の成果と、現代日本語を考慮した全面改訂版だ。10月11日には東京・千代田区のお茶の水クリスチャン・センターで、編集委員の代表者らが集い、発表会を開催した。『2017』の特徴と編集のプロセス、期待を語った。【高橋良知】

9割の変更で現段階 最も原典に忠実な訳
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 発表者は翻訳編集委員長の津村俊夫(旧約聖書学者、聖書宣教会・聖書神学舎教師、専門はウガリット学、古代オリエント学)、旧約主任の木内伸嘉(旧約聖書学者、東京基督教大学教授、専門はレビ記)、新約主任の内田和彦(新約聖書学者、専門は福音書)、日本語主任の松本曜(言語学者、神戸大学教授、専門は意味論)の各氏。

   「単に翻訳団体がやりたいから改訂したというのではなく、40以上の教会・団体が協力をして、『祈りによって始めて行こう』と、教会の働きとしてなされたことが大きい」と津村氏は言う。「聖書のより良い改訂によって次の世代につなげる責任がありました」

 『聖書 新改訳』の改訂は2003年の第三版による部分的な改訂以来だ。「聖書翻訳は大体30年ごとに全面改訂をする必要がある。第三版は差別語、不快語を直すための緊急の改訂であり、不十分という意識はあった」という。

 内田氏は「第三版で変更したのは約900個所。多いようだが、2千ページある聖書からすると、2ページに1個所程度だ。『2017』では句読点を含めて9割以上を変更した。少数だが構文が変わった所もある。新しい改訂は、現段階で最も原典に忠実な訳となるので今後、この訳で読んでほしい」と勧めた。

 『2017』を手にした人からは「あまり変わっていないという印象をもった」という声をもらうこともある。それに対して松本氏は「新しい改訂でも、違和感がないように配慮した。新しい訳に変更するときも、なるべく新改訳の中で使用されている言葉を選んだ。新しい漢語が入ると違和感をもちやすいので、ひらがなや和語を大切にした」と述べた。
津村

内田

松本

 変えなくていいものは変えずに継承

 第一版の遺産は大きい。その翻訳のプロセスは文書で残り、デジタルデータベース化された。津村氏は「当初は、『どんどん訳を変えた方がいい』という姿勢でいたが、第一版を編集した先輩方が、訳について同じ問題を考えて、その訳にいたったことを知るにつれて、『この訳を大事にしていきたい。変えなくていいものは変えずにいよう』という思いになった」と話した。

 教会学校などで頻繁に採用される暗唱聖句については、暗唱聖句用の豆カードなどをリスト化し、訳の表現が大きく変わらないように配慮した。

 IT技術と綿密な議論

  今回の改訂編集作業のために作られたデータベース管理システムでは、底本の原文と諸訳の比較のほか、語彙研究などが可能で、翻訳者たちが各自の研究室などから随時改訂案を提案して議論ができる仕組みになっている。データベースを介して、聖書全体で約3万節ある各節について10以上の改訂案とその理由のやりとりが行われ、徐々に訳文を確定していった。最終的な判断は人間が下すものの、議論のやりとりや誤字脱字の発見など、データベースが補助的な働きを果たすことでより精度の高い議論が可能になった。

編集委員でまとめた訳は、全国の読者モニターに見せて精査してもらい、確認、修正を2、3回繰り返した。内田氏は「1つの訳について、まったく正反対の意見が出ることもあった。悩みに悩んで練り直し、完成度の高いものができたと思う」と振り返った。

「妥協でなく理解と一致」

 日本では日本聖書協会が発行する新共同訳がある。『聖書 聖書協会共同訳』が2018年に刊行予定だ。新共同訳と『2017』の違いは何か。

 津村氏は新約における旧約の引用と旧約の本文との整合性を挙げた。「『2017』では、新約を先に翻訳して旧約を後から翻訳するという、従来多かった翻訳手順はとらなかった。新旧両約を同時に検討し、全体の整合性を確認した」と言う。

 内田氏は、宗教改革の土台の1つ「信仰義認」に関わる訳例を示した。「ローマ書などの『義と認める』という表現にこだわり、プロテスタントの伝統的な立場に一貫性をもたせた。「カトリックでは『義化』で、聖化の過程も含めるような考え方があるが、それが許容できるような『義とする』という訳はできるだけ避けた」と説明。

 さらに津村氏は、「カトリック、プロテスタント、様々な神学的立場を含めて共同で訳そうとすると教義の違いからどうしても妥協が出てくる。意味を優先して原文を修正することも起きる。私たちは神の言葉は誤りがないという立場をとる福音主義として、信仰を同じくし、まとまりやすい」。内田氏は委員たちとの間での協力関係も強調し、「急ごしらえの集まりではなく、10年以上の関わりで下地ができ、議論、検討して、互いの考えをわかるようになった。当然それぞれの違いはあるが、共通の理解として、『2017』が作り上げられてきた」と述べた。津村氏も「私は委員長だが、必ずしも私の意見が通るわけではない。互いに言いたいことが言い合えた。妥協したのではなく、納得し、理解した。同じ立場で一致してできた」と語った。

 内田氏は、教会の理解に感謝する。「私が牧会する教会は、第一版の編集をした舟喜順一氏の出身教会ということもあって、群れを挙げてこの働きを支えてくれた。牧師の私が翻訳に集中できるように、新たな教職や事務主事が立てられ、献金も自発的に献げられた。先日、新しい聖書が教会に届き、礼拝で報告すると拍手して喜んでくださった。教会のわざとしてこの働きができたことを感謝する」と述べた。

 津村氏は「30年に1回全面改訂するとすれば、次の10年間で次世代が育たないといけない」と今後についても話した。「教会はぜひ次世代のために祈ってほしい。海外での訓練に教会から若い人を送り出すことも必要となる、訓練のための奨学金の仕組みもつくりたい」。木内氏は「日本語の専門家、日本語の面で貢献できる編集スタッフもさらに必要」と述べた。

 今後も関連の取り組みは続く。翻訳委員の各メンバーは、注解付き聖書をはじめ、関連書籍などの編集にも携わっている。津村氏は「翻訳が終われば翻訳委員会が終わったということではない。残る人、新たに入る人が、重なるようにして構成し、編集の雰囲気も知ってもらい、次に継承していきたい」と語った。