[レビュー2]パウロ研究、新約聖書学全体における分水嶺 『使徒パウロの神学』
ジェームズ・ダンの『使徒パウロの神学』の翻訳出版を心から歓迎します。ダンは、E・P・サンダース『パウロとパレスチナ・ユダヤ教』(英語、1977年)を端緒とする、いわゆる「パウロに関する新しい視点」を牽引する新約学者であり、そのパウロ研究の集大成である本書が、(翻訳であることを意識せずに読める!)日本語に訳されたことで、英語圏ではすでに大きな潮流となっているこの視点への理解が、ようやく日本でも深まることを期待したいと思います。
本書の特徴は、紀元1世紀のユダヤ教を徹底的に恵みの宗教として提示した、サンダースの提唱する「契約維持のための律法体制」(covenantal nomism)をもって、パウロの神学を理解する背景とする点です。
これはまさにパウロ研究のみならず、史的イエス研究を含む新約聖書学全体における分水嶺であって、それが従来の信仰義認論をどのように変更するかについて、ダンは極めて説得的に説明を展開します(14章)。サンダースを十分理解しないまま「半ペラギウス主義」などという的外れな批判がなされているようですが、ダンの議論を丁寧に読めば、その誤解は解けるでしょう。
古代文献や研究史に関する膨大な知識を駆使した議論は、このほかにも贖罪論を扱った9章や、聖霊を扱った16章、バプテスマを扱った17章をはじめ、各所において刺激的かつ絶妙のバランス感覚で展開されます。
最後に、本書は決して「パウロ神学の主題別辞典」ではありません。目次はそのように誘惑するかもしれませんが、本書は第1章で説明されるように、基本的にローマ書の構成に従いつつ他のパウロ書簡から肉付けしながら議論が進展していきます。ですから、例えば第1部「神と人類」だけを読んで、それでパウロの神観人間観を理解したと思ってはなりません。
第2章に述べられるユダヤ的唯一神は、その義によって人間を告発しておきながら(第2部)、その罪に対する「罰を免除」し(304頁、3:25参照)、御子の死をもって敵対する人間を愛し(321頁、5:10参照)、さらには御子に躓(つまず)いたイスラエルの「不信心」を取り去って救うことで、この敵への愛を徹底させる神なのです(第9章、11:26参照)。さらにこの神の愛が、信仰者の隣人愛(敵を愛する愛)の実践を動機づけます(§24・2、12:9〜20参照)。ですから、本書の厚みに怯(ひる)むことなく、ぜひ全体を通して読んでみてください。
(評・河野克也=日本ホーリネス教団中山キリスト教会牧師)
『使徒パウロの神学』J.D.G. ダン著 浅野 淳博訳 教文館 6,804円税込 A5判
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