クリスチャンであり、弁護士であり、思索家・理論家・戦略家であり、そして何よりも詩人でロマンティストである著者が、みずからの弁護士生活50年の苦闘の歩みを総括した貴重な必読書である。

 本書は、少数者(マイノリティ)の信教の自由、思想・良心の自由は、たとえ多数者が賛成したとしても侵害できないという大原則が守られているところに初めて民主主義が成り立つ、という大切なことを貫徹させるための長い戦いの記録である。少数者の人権を切り捨て、多様な価値観の共存を国家が排除し、民主主義が壊されていくと、専制がはびこり平和が乱される。国は宗教と結びついてはいけないという政教分離原則が厳守されなくなれば、必ずや少数者の信教の自由、思想・良心の自由の侵害が発生し、国が迷走するという歴史の教訓を著者は重く受け止めている。

 権力と自由、国家と宗教という難しそうでいて実はとても身近な問題を、中学生・高校生にわかりやすく話した講義録なども多く含む秀逸な著作である。

 津地鎮祭違憲訴訟、浜松政教分離侵害違憲訴訟、山口自衛官「合祀」拒否訴訟、定住外国人の指紋押なつ拒否訴訟、韓国・朝鮮人BC級戦犯者の国家補償請求訴訟など著者が取り組んできた事案を中心に、さまざまな裁判の要点や背景となる政治状況・歴史状況を、具体的・立体的に示すとともに、その中で出会った様々な人たちの人間模様を織り交ぜながら、丁寧に選び抜いた言葉で、詩やエッセイや法廷での一問一答をも交えて、難しい法律の議論を小説のように生き生きと描いた文章、豊かで見事な全体の構成に、つい楽しくなり引き込まれるようにして読み進んでいってしまった。

 生き生きとした信仰と、自由をこよなく愛する「弁護士のこころ」、そして言葉に対する敬虔な愛を持つ著者が著したこの50年の歩みの記録は、共に戦いつづける人たちにとってさらなる戦いの原動力となること、そしてこの問題を知ってこの終わることのない戦いに新たに加わる者が輩出することを祈っての著作であると私は読んだ。 (評・木村庸五=弁護士

『マイノリティの人権を護る 靖国訴訟・指紋押なつ拒否訴訟・BC級戦犯者訴訟を中心として』

今村嗣夫著、明石書店 2,750円税込、四六版