[イ・ジョンオン監督]「シークレット・サンシャイン」(2007年)、「ポエトリー アグネスの詩」(2010年)などイ・チャンドン監督の演出部で経験を積み、短編映画「春」ではハンブルグ国際短編映画祭に正式招待され実力を認められた。本作が初の長編映画監督作品で、主人公の家族像はボランティア活動で出会った犠牲者遺族らとの交流から創出された。韓国では2019年4月に公開され、日本では2020年11月27日よりシネマート新宿ほかで全国ロードショーされる。
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2014年4月16日、韓国・観梅島沖で起きた大型旅客船「セウォル号」転覆・沈没事故。修学旅行中だった安山市の高等学校生徒325人のほか一般客・乗務員476人のうち死者299人、行方不明者5人の大惨事。この事故による犠牲者遺族の苦悩に正面から取り組んだ映画「君の誕生日」が11月27日より全国公開される。大事故から6年。「このままでは時が過ぎて忘れてしまうかもしれない話をこの映画を通じて伝えたい。観客が共感できるストーリーの力で観客の心を動かしたい」と語るイ・ジョンオン監督にインタビューした。【遠山清一】

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ボランティア活動で知り会った
遺族らの哀悼の想いを伝えたい

 ーーセウォル号の大事故は、朴槿恵政権への信頼が失墜した事件ですし、キリスト教系カルトの代表者だった運航会社オーナーが変死体で発見されるなど、社会派サスペンスドラマにもなりそうな出来事とも思います。本作の内容が、遺族の苦悩とグリーフケアなどを視座にして撮られたのはなぜですか。

イ・ジョンオン監督 セウォル号事故は、本当に大変衝撃的な出来事でした。おっしゃるような描き方に出来たかもしれないですね。ですが、ご遺族の暮らしや心のいやしに焦点を当てたのは、私の実体験に基づいてのことからです。私自身、事故のご遺族の方々とボランティアとしてしょっちゅうお会いする機会がありましたので、ご遺族の方々の悼むお心や想いをもっと多くの人たちに伝えたいと思いました。

 --事故で亡くなられた方はいろいろな地域の方々ともいますが、どこでどのようなボランティア活動をされていたのですか。

イ・ジョンオン監督 2015年から安山市で亡くなられた方の「誕生日会」の準備などをボランティア活動していました。安山市にしたのは、修学旅行でもっとも大勢の生徒たちが事故の犠牲になった高校があったからです。また、安山市には、様々な団体がボランティア活動をしていましたが、そうした団体の中の一つに私の知人がいたこともあって安山市に行くことになりました。

 --本作では、事故で亡くなった高校生のスホの誕生日会が開かれるまでの家族間の葛藤などがストーリー展開の核心を形成していますが、ボランティア活動での経験がリアリティにあふれた演出に繋がっていたのですね。

イ・ジョンオン監督 はい。私が実際に経験したたくさんのことが活かされています。「誕生日会」を催すためには準備が必要で、1か月ほど前からご両親に会ったり、お友達に会ったり、知り合いに会ったりしました。亡くなられた生徒の部屋を実際に観たりしました。誕生日会を開いたり、遺族の方たちが亡くした息子や娘たちのことを安らかな気持ちで思ったり、考えたりできるように、心を慰めたり手助けしたりする働きでした。

「君の誕生日」あらすじ:2014年4月16日…この世を先に去った息子スホへの恋しさを抱きながら生きるジョンイルとスンナム。やがて1年にたった1日だけのスホの誕生日が近づいてくる。母スンナムは主役不在の誕生日は息子がいない現実を認めるようで怖くてたまらない。一方、ある事情により息子が亡くなった日に父親としての役目を果たせなかった父ジョンイルは、家族に対して罪悪感を抱えたまま、あの日から2年後に韓国に戻ってくる。彼にとってすべてが見慣れない現実の中、家族と一緒にスホの誕生日を迎えるが…。
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事故が忘れられつつ時期に映画の物語に
寄り添える視点としての父親ジョンイル

 --スホの父親ジョンイル(ソル・ギョング)が、事故後に外国から帰国して妻スンナム(チョン・ドヨン)に詰られて家の中で身の置き場がないような不安定さがとても印象的な存在感で演出されていたように思います。一般的な父親像とは違う演出をされたのはなぜですか。

イ・ジョンオン監督 ジョンイルという人物は、この映画では本当に大切な存在なのです。劇中では、沈没事件が起きたとき彼はある事情から外国の刑務所に服役していたために、息子が亡くなった事故の現場にいることが出来ず、妻と娘イェソル(キム・ボミン)を守ることもできなかったという原罪意識とか罪悪感をずっと抱えている。でも、そういう彼も当事者なのですよね。そういう複雑な内面を持った人物として描きたいと思いました。
私が、非常に複合的というか、多面性を持ったジョンイルという人物像を作りたいと思った理由は、この映画が完成して観客が観るのは、沈没事故から4年ほど後になることでしょう。そうなると、人々の気持ちというのは沈没事故から多分離れているかもしれません。そのような観客がこの映画を観たときに、外から誰かが入って来てジョンイルの視点で観客が物語を追っていくことによってこの映画に寄り添えるというような作り方をしたいと思いました。

 --劇中で、就職先を探すジョンイルが面談に行くとき、自分の革靴が無くて息子の革靴を履いて出掛けたシーンが、コミカルな感じよりも長く離れていた息子の靴が履けるようになっていた身近さが哀しく感じられました。あのシークエンスはモデルのご遺族がおられたのですか。あるいは監督の演出ですか。

イ・ジョンオン監督 あのシークエンスは、修学旅行に行かなかった生徒が、亡くなった友達をなかなか見送れない気持ちがあって、その子の服を着ているというお話しを聞いたことにヒント得て創作したシークエンスです。
父親が息子の靴だと気づかずに履いて一日中歩き回り、バス停のベンチに座って息子の靴だと気づいてじっと見ているシーンは、一見コミカルなようですが、よく観ると哀しいシーンですよね。意図があるとすれば、父親のジョンイルと息子のスホとの心の通い合い、息子との絆を感じるシーンにしたいなと思いました。あそこでジョンイルは息子を感じているわけなんですね。

家族が一つになって
生きていく力になれば

 --妻スンナム役に「シークレット・サンシャイン」(イ・チャンドン監督作品)で息子の命を奪われた母親を演じたチョン・ドヨンをキャスティングしていますが、チョン・ドヨンはスンナム役を喜んで受けましたか。

イ・ジョンオン監督 「シークレット・サンシャイン」は私も好きな映画です。私は、あの作品でスクリプターをしていましたので、もちろんチョン・ドヨンさんが素晴らしい演技をする女優であることは目の当たりにして知っていました。でも、それでキャスティングしたというよりも、スンナムという役を考えたときにチョン・ドヨンさんだったら上手くできるという思いから出演をお願いしました。
最初、彼女に脚本を渡したら二つの点で悩んでいました。 一つは、遺族という重い役を自分ができるだろうか。それに耐えられるだろうかということ。 もう一つは、「シークレット・サンシャイン」でも息子を喪う役でしたので、被らないようにまったく違う演技ができるだろうかと悩んでいて、はじめはスンナムを演じるのは難しいですと断られました。

 ーー何が彼女を決心させたのか、興味ありますね。

イ・ジョンオン監督 私たちとしても彼女を失いたくない、どうしてもやってほしいと思い、私もプロデューサーや製作の人たちも説得しました。公式の場での彼女の表現を借りるならば「どうしても手放すことができなかった作品(脚本)でした」とおっしゃっていました。また、「これは生きようとする人たちの物語です。これから生きていかなければいけない人たち、生きていく人たちの物語ですから、そういう人たちに力を届けたいという思いがあった」とも言っていました。

--どうもありがとうございました。

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イ・ジョンオン監督・脚本の「君の誕生日」(2019年/韓国/120分/原題:Birthday/配給:クロックワークス)は、2020年11月27日[金]よりシネマート新宿ほか全国ロードショー公開される。
公式サイト http://klockworx-asia.com/birthday/