ヒト生殖細胞のゲノム編集の倫理  受精卵破壊は許されるか 関西セミナ-ハウス活動センターで講演会 上

遺伝子の配列を自在に操作する「ゲノム編集」技術が近年飛躍的に向上し、農業、医療分野を中心に研究がされ、実用化も進もうとしている。2012年に発表されたゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」の研究についてジェニファー・ダウドナ氏とエマニュエル・シャルパンティエ氏にノーベル化学賞が授与された。

急速な技術開発で危惧されるのは倫理の問題だ。18年には、中国の研究者がゲノム編集を施した双子が誕生したと発表し、世界から批判の声が上がった。日本でもヒト生殖細胞へのゲノム編集について議論が重ねられ、20年8月に日本学術会議哲学委員会いのちと心を考える分科会は提言「人の生殖にゲノム編集技術を用いることの倫理的正当性について」を発表した。

関西セミナーハウス活動センターは、2020年度修学院フォーラム「いのち」第2回 「ゲノム編集の光と影を3月20日に、京都市の同所とオンライン配信で開催した。中山潤一氏(基礎生物学研究所 クロマチン制御研究部門教授)と、日本学術会議提言にかかわった土井健司氏(関西学院大学神学部教授)が講演した。【高橋良知】

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中山氏は『デザイナー・ベビー-ゲノム編集によって迫られる選択』(ポール・ノフラー著、丸善出版、2017年)、『動き始めたゲノム編集-⾷・医療・⽣殖の未来はどう変わる』(ネッサ・キャリー著、丸善出版、2020年)などの翻訳を手掛け、自身研究でもクリスパー・キャス9を使用している。

人類は、農畜産物などで、様々な交配を繰り返して有用な遺伝形質が表れるように品種改良し、選別してきたことと、従来の「遺伝子組み換え」技術と「ゲノム編集」の違いを説明し、「遺伝子組み換え技術の課題は、複雑な生物では難しい、遺伝子を挿入する場所を選べない、DNA配列の一部分を正確に変化させるのは困難というものだった」と言う。この課題を刷新したのが、正確にゲノムを改変できるゲノム編集技術だった。

1990~2000年代に広がったZFN(ジンクフィンガー・ヌクレアーゼ)というゲノム編集技術は、一回の費用が200万円もかかり広がらなかった。10~12年にはより優れた技術TALENが広がった。これらより容易にできる画期的な技術が「クリスパー・キャス9」だった。もともとは細菌がウイルスに対抗するためにもっていた防御システムが「クリスパー」だ。ウイルスに感染すると「キャス9」という酵素の作用で、ウイルスのDNA配列を記憶する。このシステムを他の動物細胞のDNA配列切断に応用することに成功した。

「クリスパー・キャス9」は基礎研究、農業、畜産業、疾患治療などで応用が進む。「従来は、すでに遺伝子配列が分かっているマウスやカエルなど、モデル生物がいて、その生物に特化したシステムで研究するしかなかった。しかしゲノム編集では、モデル生物に限定せずに研究が可能になった。たとえばチョウはモデル生物ではなかったが研究が進み、羽の模様のパターンが分析できるようになった」と話す。

農業、畜産業では、今まで交配にかけていた時間を短縮できるようになった。ストレス耐性の強いコメや、ビールの苦みをつくるホップにかわる植物、ウイルスや寒さに強いブタ、筋肉の成長を抑制する遺伝子を改変して筋肉量を多くしたブタや魚などを紹介した。

(この後、消費者庁の方針、研究現場の状況、応用への賛否が語られます。2021年4月18日号掲載記事