【憲法特集】人間の尊厳をどう考えるか  坂岡隆司(社会福祉法人 ミッションからしだね代表)

 弱い立場に置かれた者の目線

一昨年の秋、同志社大学で「キリスト教信仰に基づく女性支援の歴史」と題する講演会が行われた。メインスピーカーが、「かにた婦人の村」名誉村長の天羽道子さんだと聞いて、私も話を聴きに行った。「かにた婦人の村」は、千葉県館山で、半世紀以上にわたり、性暴力や性搾取で傷ついた女性たちを支えてきた婦人保護施設である。すでに90歳を超える天羽さんは、その働きの初期から、村で暮らす傷ついた女性たちに寄り添ってきた。

お話の中で一つ印象深い言葉があった。「底点志向」。これは、天羽さんたちの属する「ベテスダ奉仕女母の家」の理念的な言葉で、社会的に最も弱い立場に置かれた者の目線で人と社会を見ていく、といった意味に私は理解した。これはまさに、福音書にあるイエスの視点でもある。

 「売春防止法」にない「支援」

天羽さんのお話に続いて、同じ法人が運営する、婦人保護施設「いずみ寮」の横田千代子施設長のお話があった。横田さんは、全国に47ある婦人保護施設の連絡協議会会長でもある。横田さんたちは今、婦人保護事業の根拠の一つとなっている「売春防止法」を改正し、さらに、よりふさわしい新法の制定に向けた運動をしているという。

婦人保護施設設置の規定は、同法第4章「保護更正」の中にあるが(第36条)、そもそも1956年にできたこの法律が、初めから女性を罰する特別刑法であったという点、ここに横田さんたちの問題意識があるとのことだった。売春に至る事情や背景は考慮されず、買うほうの罪は問われない。支援という視点がまったくない、と。60年以上経ってもそのままの売春防止法はもとより、最近のDV法にしても、虐げられ、困窮した女性たちを守り、支えて行く事業の根拠法としては、はなはだ問題が多い、と。

講演後の質疑で、興味深いやり取りがあった。2010年、ある会で、買う方も処罰されるよう「売買春防止法」にしようという案が検討されたが、結局「時期尚早」ということで却下された。横田さんによると、「男性の施設長さんが多い会でしたけれども、今この時期に、男を罰する法律までは早いのでは、という空気があったのを覚えています」と言う。

(この後、坂岡氏は福祉・医療の世界と女性について考察します。2021年5月2日号掲載記事

*参考 キリスト教信仰に基づく女性支援御歴史―かにた婦人の村の半世紀―(第94回公開講演会)2020年2月 同志社大学人文科学研究所 発行