今から、30年近く前、仏教の立場で人間の死生観を興味深く描いた永六輔著『大往生』という本がベストセラーとなりました。それを記念してでもないのでしょうが、角川書店の読書雑誌「ダヴィンチ」が、日本人の死生観にちなんだ読者アンケートをしたことがありました。曰(いわ)く、「余命三ヶ月と宣告されて、読んでみたい本は?」。当然、1位は「大往生」だろうと思ったのですが、意外にも、最も多くの読者が選んだのが「聖書」だったのです。この結果を見て、「嘘(うそ)だろう、日本人がそれほど聖書に興味を持つはずがない」と疑う一方で、「そうだろう。聖書はすごい本なのだ。それが、分かる日本人がまだいたのか」と誇りたい気持ちが交差したのを憶えています。

 

確かに、「聖書」は、人間の印刷術の歴史始まって以来、けた違いに売れた本です。しかも、2000以上の言語に翻訳されているのですから驚きです。
今回の夏の読書特集の原稿を依頼された時、ぜひ、読んで欲しいと思ったのが、フランスの憲法学者で思想史にも著作のあるF・ルヴィロワの傑作『ベストセラ―の世界史』(野崎歓訳・太田出版)です。これを読むと、とにかく聖書はすごい本だということが分かります。いやいや、そんなことはクリスチャンとして分かり切っている、とあなたは言われるかも知れない。でも、聖書の魅力を友人に熱く語ったことはありますか? 案外、灯台下暗し。クリスチャンは、本としての聖書のすごさをあまり感じていないかも知れません。

 

16世紀のドイツ、グーデンベルクの印刷革命以来、「聖書」は文字通り、歴史を変え、何億という人間の人生を変革してきました。『ベストセラ―の世界史』は、あまたの出版物の中で別格である「聖書」の魅力を、ベストセラーという視点で、熱く紹介しています。日本の宗教人口のマイナーであるクリスチャン、しかし、そのクリスチャンが「唯一の本」として愛読している「聖書」は唯一無比の世界のベストセラーなのです。それを、一人でも多くの日本人に熱く語りたいものです。

 

ちなみに、『ベストセラ―の世界史』が掲げる世界のベストセラーの順位を紹介すると、1位はもちろん聖書で60億冊、2位は中国の文化大革命時に国民の熱狂的支持を受けた「毛沢東語録」で10億冊、3位はイスラム教のコー
ランで8億冊、となっています。    【記・守部喜雅】