【神学・社会】「性的少数者」理解 二極化する中での“聖書的”架け橋
《神学/社会》「性的少数者」理解は世の価値観優先か? 二極化する中での“聖書的”架け橋
「私たちを取り巻く文化は、聖書に反する価値観や信念に急速に傾倒しつつあり、多くのクリスチャンがその影響を受けている」ーそんな問題意識から福音派クリスチャン有志が、「性の聖書的理解ネットワーク(NBUS)を設立した(7月31日号既報)。性的少数者への理解は、近年変化は見られるものの、福音派内では依然一様ではない。この課題を考えるにあたり、2020年に邦訳出版された『LGBTと聖書の福音』の著者アンドリュー・マーリン氏が投じたものに目を止めたい。その背景にある米国福音派にどのような変化が起きているのか、岡谷和作氏の「訳者あとがき」から概要を見る。
『LGBTと聖書の福音』アンドリュー・マーリン著 岡谷和作訳
四六判・320頁 いのちのことば社 定価1,980円税込
本書は「アメリカの福音派」という文脈の中で書かれています。LGBTをめぐりアメリカ社会は大きく分裂しています。―多数派だった教会が、社会的弱者であるLGBTコミュニティを長らく抑圧してきた。そして今、彼らは不当な抑圧に対して立ち上がった―このように、メディアではLGBTコミュニティと教会の対立構造を公民権運動の再来であるかのように描いています。
また教会内でも、いわゆる主流派教会と福音派教会の二極化はますます広がっていますが、その最大の課題はLGBTにまつわる教会の対応です。著名な牧師であるユージン・ピーターソン氏が、同性婚に関して同情的なコメントをしたとたん、彼がリベラルになったというニュースが全米を駆け巡ったことは二極化を示すよい例でしょう。それは単に神学の問題としてではなく、アメリカの若者たちにとってリアルな課題です。「同性婚に反対か賛成か」というような議論は、中高生や大学生の間で日常的に行われ、その返答によってレッテルが貼られていきます。
保守的な教会は伝統的な聖書観を重んじ、同性婚に関して明確に反対の立場を取っています。一方で、「同性愛者は処刑されるべき」というメッセージを語る牧師の姿や、カミングアウトしたことで家族から勘当され、自死に至った高校生の実例などが報道され、福音派は非寛容な差別主義者であるというイメージが広がっています。(略)
激しい怒りの応酬とも言えるような二極化したアメリカの状況の中、2009年に本書は執筆されました。保守的な福音派出身のマーリン氏は、マーリン財団を設立し、LGBTのコミュニティに福音を伝える働きを続け、二つのコミュニティの架け橋となるべくアメリカ中で講演をし注目を浴びました。(略)当時、保守的な立場からLGBTコミュニティへの橋渡しを試みた書籍は非常に珍しく、本書は年間ベストセラーとなり、賞を多数受賞しました。またその年のアーバナ学生宣教大会では、同テーマで分科会を担当されています。そしてマーリン氏は、FAITH紙により「今後25年間で最も影響力のあるクリスチャン」の一人に選出されました。
それだけ大きな反響があった本書ですが、同時に様々な批判を受けた本でもあります。主流派の同性愛容認派からはマーリン氏が羊の皮をかぶった差別主義者であると批判され、福音派からは聖書解釈においてリベラルであると批判されました。(略)マーリン氏に直接連絡を取って聞くと、「当時はプロゲイ(訳注=ゲイ賛成・尊重)の立場に立つか、LGBTの人々をキリスト教から一切排除するか、両極端の選択肢しかありませんでした。私はそのどちらにも立ちたくなかったのですが、その立場は当時許されないものでした」と回想されていました。しかし、彼の働きが福音派教会とLGBTコミュニティの対話に向けて一石を投じたことは評価されるべきでしょう。何より、彼の働きを通して信仰に導かれたLGBTコミュニティの人々が大勢いることは忘れてはならない点だと思います。
現代の状況
本書が執筆されてからの間で、LGBTをめぐるアメリカの状況はさらに大きく変化しています。同性愛の矯正(変化)を推奨することで有名だったアメリカ最大の元ゲイ団体Exodus Internationalの代表が、2012年に同団体の掲げる「変化は可能である」というスローガンは間違っていたと謝罪し、翌年2013年に団体が解散するという出来事が大きな衝撃とともに報道されました。
教会の二極化もさらに進んでいます。主流派の教会は同性婚を認める方向に進んでいます。合衆国長老教会(PCUSA)では2014年に同性婚が認められ、同性婚を公に容認した世界最大の教団の一つとなりました。直近では合同メソジスト教団が同性婚をめぐり二つの教団に分裂をする可能性が高まっています。
一方福音派の著名な指導者たちは、同性婚を容認する社会的な流れに対し、2017年にナッシュビル宣言を採決。これは「聖書の無誤性に関するシカゴ声明」と同じく、支持する事柄と反対する事柄を対比する構造で記されています。学生宣教の現場では学生宣教団体InterVarsityが、2016年に同性婚に関する団体の見解に反する職員に自主退職を勧める処置を行い、メディアで大きく取り上げられました。
また近年、LGBTコミュニティとの橋渡しを試みる書籍は福音派の出版社から次々に出版されています。自身の男性への性的指向で葛藤した経験を持つ英国国教会司祭のサム・オルベリー氏が記した『Is God Anti Gay?(神はゲイが嫌いなのか)』や、麻薬の売人として獄中でHIV宣告をされたことをきっかけに改心し、現在ムーディ聖書学院で新約聖書を教えているクリストファー・ユアン氏による『Giving Voice to the Voiceless(声なき者たちの声)」などです。
また、ホイートン大学心理学教授マーク・ヤーハウス氏による『Understanding Sexual Identity: Resource for Youth Ministry(セクシュアルアイデンティティを理解する|青年宣教のための資料)』などが福音派の神学校教育で用いられるようになってきています。
新しい対話と宣教のきっかけとして
日本語で読める同性愛とキリスト教に関しての書籍は、ほとんどがプロゲイ神学の視点で記されたものです。このテーマに関しては、福音的な教会の中ではいまだにタブー視され、教会の中で語られることが少ないのが現状ではないでしょうか。
しかし私自身、学生宣教の現場で実感したのが、学生にとってLGBTの問題は日に日に身近な問題となっているということです。あるキャンプで講師へのQ&Aを募集した際には、LGBT関連の質問が一番多かったことが現状を物語っています。福音的な、聖書的な立場に立ちつつ、真摯にLGBTコミュニティについて学び、宣教地として、愛し仕えるべき隣人として捉えること、そのために教会として様々な面で備えていくことが必要だと痛感しています。
日本の福音派教会の現状には課題と同時に希望もあります。クリスチャン・コミュニティ対LGBTコミュニティという社会的対立構造に陥ってしまっているアメリカとは異なり、日本にはまだこの対立構造は明確には存在していません。日本の場合、教会自体が社会的なマイノリティです。それゆえに欧米社会とは異なる、対立的ではない宣教的なアプローチを模索する道は開かれているのではないかと思います。(略)
(クリスチャン新聞web版掲載記事)