[レビュー2]共感と対話でのりこえる─現代の紛争と断絶─ 『いのちにつながるコミュニケーション』評・比企敦子
本書は職種や背景の異なる6人のキリスト者による「非暴力トレーニング」であると共に、様々な問題への新たな視点や向き合い方が示されます。冒頭の「日常のコミュニケーション」に登場する出来事は、教会・家庭・職場での「あるある」事例ばかりです。過去の苦い経験を思いだしてしまうかもしれませんが、逃げないで向きあってみてください。衝突・断絶・孤立を願う人などいませんが、避けられません。
しかし読み進めると、執筆者が紡ぎだす言葉が真っ暗な迷路で右往左往している人に寄り添い、一緒に出口へと導いてくれるかのように感じられるのです。無事に光に溢(あふ)れた世界に出られた時、自らの共感力・対話力の「偏りや癖」への自覚が芽生えます。年齢を超えた、自らの資質への新たな「気づき」は重要です。
「聖書の中のコミュニケーション」では、自分自身との和解や信仰的な平安を求めるためのヒントが示されます。人間関係の対立を非暴力によって解決するキーワードは共感と対話、人間の弱さや脆(もろ)さをも含めたいのちへの尊敬であると気づかされます。
一方、世界に目を向けると、どんなに和解の祝福を生きたいと願っても、認識の違いから到底受容できない障壁にぶつかることがあります。牧会的コミュニケーション書の域に留まらず、紛争や差別が横行する世界において、なおいのちにつながる対話を呼びかける本書の姿勢は、第二章 希望のしるし「社会倫理と霊性」において顕著です。現代の諸課題、水俣病、沖縄、ニューヨーク同時多発テロ、英連邦戦没捕虜追悼礼拝など、分断、報復、自然破壊、歴史修正主義に対し、記憶と痛み、共感と対話によって、死ではなくいのちへの祝福が呼びかけられます。
本書の通奏低音にあるのは、言うまでもなく安易な和解ではなく丁寧な対話の結果によって生まれる真の祝福なのです。日本軍「慰安婦」問題に対峙(たいじ)した故東海林路得子さんの「キリスト者は安易に『和解』を口にしない方が良い」との言葉を思いだします。わたしたちの大きな課題ではないでしょうか。(評・比企敦子=日本キリスト教協議会教育部)
『いのちにつながるコミュニケーション 和解の祝福を生きる』
富坂キリスト教センター編
いのちのことば社、1,980円税込、A5判