巨大な「赤ん坊国家」に 米国大統領選に思う 寄稿=渡辺聡(宗教社会学)
波乱のアメリカ大統領選(電子版で関連記事)について、宗教社会学が専門の渡辺聡氏(東京バプテスト教会牧師)が寄稿する。
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ジェームズ・ハンターが、著書『カルチャー・ウォーズ』で、アメリカが文化的価値観の違いによって分断されているという警告を発してから、すでに33年が経った。今回の大統領選では、多くのマスコミがアメリカの分断を報じた。ハンターによれば、「文化的対立とは、究極的には支配をめぐる争いである」。
今回、トランプ氏が大勝するという形で共和党に軍配が上がったが、そこには、アメリカ社会に存在する文化的対立の断層を刺激することで、自らの支持者を拡大させるというトランプ氏の戦略勝ちの側面がある。それに対してハリス氏もトランプ氏の道徳的欠陥を糾弾することによって、支持層を固めようとしたが、トランプ氏には及ばなかった。
アメリカには、かつてからエリート層のリベラル対庶民層のコンサバティブの対立という構造がある。そこには具体的には、男女平等対家父長制、理性対信仰、公共的利益対私的利益など、数え上げればキリがないほどの文化的対立の断層がある。アメリカ西部のプロテスタント教会のメンバーから、今回の大統領選では教会の中で政治的立場について語り合うことがタブーになってしまったという話を聞いた。一度自分の価値観を表明すれば、たちまちそれが喧嘩(けんか)腰の論争となり、収拾不能な事態になってしまうことを皆が恐れていたからだという。彼は、今では分断と対立が、教会の中だけではなく家族の中にまで入り込んでいると語っていた。
文化的対立に加え、アメリカには移民問題という対立を引き起こす大きな活断層がある。今回、ラテン系アメリカ人がトランプ氏を支持しているというニュースが目を引いた。1980年代からアメリカではメキシコからの移民の数が急激に増加したが、すでにアメリカに生活基盤を得た初期の移民と、彼らの生活を脅かす現在の移民との間に同じラテン系でありながら経済的対立が生まれているのである。かつては民主党の支持基盤であった旧世代の移民が、トランプ氏の主張する新たな移民受け入れ拒否の政策を支持したことにより、トランプ陣営は大いに票数を稼(かせ)いだのである。
アメリカにおける新旧移民間の利害的対立は、今になって始まったことではない。19世紀にはアイルランドからの急激な移民増加によって、それに反対する「ノウ・ナッシング党」のような排他的な団体が生まれた。彼らは、アイルランド系移民が持ち込んだカトリック教会を迫害したが、それは20世紀初頭になっても続いたのである。
トランプ氏は、様々な対立の活断層にいる人々を、フェイク・ニュースで巧みに操り、自分自身の支持者層へと取り込んでいった。しかし、もし自分達の団結が対立の裏返しであるような社会がこれからも続くなら、そこには深い闇が生じることになる。使徒パウロは、新約聖書コリント人への手紙第1の3章で、分裂するコリント教会の実情を見ながら、お互いの間にねたみや争いが絶えないのは、コリントの教会の人たちが肉の人であり、固い食物を取ることできず乳だけを飲んでいる乳飲み子だからだと語った。パウロはクリスチャンが固い食物を取ることができるようにと願っている。固い食物とは隣人を支配しようとするのではなく、むしろ隣人の徳を高めようとする意志のことであろう。
アメリカ合衆国はキリスト教的価値観を奉じる国家として1776年に建国した。もし、アメリカが、社会の対立構造から抜け出せず、和解の道を見出そうとしないのであれば、それは建国後248年経った今も、彼らが乳飲み子であることを示すことになる。お互いが持つ違いを、ねたみや争いではなく、謙遜とやさしさによって乗り越えるために、アメリカは今こそ固い食物を食べる決意をしなければならない。
画像=geralt https://pixabay.com/ja/illustrations/
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