本書は、日本の中国占領統治下における日中キリスト教交流に関する従来の研究の空白を埋める、画期的な著作である。
そして副題に「日中キリスト者の協力と抵抗」とあるように、現実の歴史におけるキリスト者の宣教の在り方を問う意欲作である。本書は公立大学の博士論文であり、それまでの先行研究を十分に踏まえつつ、内外の多くの貴重な一次史料を縦横に駆使している。
従来の戦時下の日中キリスト教関係史は、満州国に関するものは比較的多く見られるが、その他の地域についての研究は極めて少ない。本書の中心は、中国の華北や華中地域における日本の軍政下の日中キリスト教交流史である。
本書において、注目すべき功績は、中国を始めとする大東亜共栄圏における軍部の宗教宣撫(せんぶ)工作と日本における宗教政策の関連を明らかにしたことである。1939年に成立した宗教団体法が、ただ単に日本の宗教団体の統制を目指したものにとどまらず、中国を始め大東亜共栄圏における宗教団体の統合や宣撫工作を目指したものであったことがよくわかる。こうした方針のもとに軍政下の華北、華中に日本のキリスト教指導者が派遣され、現地の日本人キリスト者と協力して、日本の軍政に協力する体制づくりに取り組んでいくのである。
人物篇における教示も非常に大きい。中国の指導者にも日本の指導者にも、当時の教会活動に関して多くの葛藤があったことが良く描かれている。特にこれまでほとんど知られていなかった楊紹誠(よう・しょうせい)の生涯とその役割を大きく取り上げている。日本人では、安村三郎、阿部義宗(よしむね)、賀川豊彦、矢内原忠雄の4人が登場する。ここから学ぶことは、どの出来事や人物にも、光と影、功と罪とも言うべき部分があることである。
文中に多くの一次資料を引用しているので、読みやすいとは言い難い。しかし各章の終わりに、小括があり、結論がまとめられているのは、読者にとって非常に有益である。
今後の日中関係を考える上でも、貴重な示唆と教訓を与えてくれる良書として、本書を心から推薦するものである。(評・中村敏=新潟聖書学院前院長)

『日本の中国占領統治と宗教政策―日中キリスト者の協力と抵抗―』
松谷曄介著、明石書店
7,480円税込、A5判