原爆開発者の生涯を描き、日米で話題となった公開中の映画「オッペンハイマー」。
かつて素粒子理論研究を専門とした哲学者・神学者の稲垣久和さん(東京基督教大学名誉教授)は、この映画から「衝撃」を受けたと言います。
近年は原発と再生エネルギー問題についても取り組む稲垣さんが、この映画について原稿を寄せました。

Cillian Murphy is J. Robert Oppenheimer in OPPENHEIMER, written, produced, and directed by Christopher Nolan.

 

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クリストファー・ノーラン監督の米国作品映画「オッペンハイマ―」を見た。

「原爆の父」と呼ばれていた人物の半生を描いたものである。昨年の夏に米国と世界で公開された後に、好評で空前の観客を動員しているというニュースを聞いた。早く日本で公開されないかと待っていたものだ。実際に今年の三月にはアカデミー賞7部門を獲得したというので、その興味はさらに倍増していた。

案の定、衝撃的な映画だった。

ロバート・オッペンハイマー(1904‐1967)は米国ニューヨーク生まれのユダヤ系物理学者でカリフォルニア大学で教えていた。同僚にはサイクロトロンの開発者ローレンスがいた。

1938年にドイツの研究所でハーンとマイトナーが核分裂反応を発見したとのニュースが飛び込み、これがやがて彼と多くの科学者の、そして世界の運命を変えることになったのだ。

すなわち米国大統領ルーズベルトによる極秘の原爆製造命令「マンハッタン計画」である。

筆者はすでに映画の原作を読んでいたから内容はもちろん分かっていた。ただ、今回受けた衝撃は別のもの、極めて感覚的なものだ。大スクリーンいっぱいに広がる火の玉の中に自分が飲み込まれ、ドカーンと鼓膜を破るほどの巨大音響効果の中に放り出される。

まさに地獄を味わう、という強烈な印象だ。俳優の演技がそれに輪をかける。

1945年7月16日、二年半かけて完成させて砂漠の町での実験の‟成功”の直後に「我は死、世界の破壊者なり」とつぶやく。一転して人々の大歓声に包まれた主人公は、三週間後のヒロシマとナガサキへの原爆投下‟成功”のラジオニュースを聞く。直後から「良心的葛藤」にもだえる。画面はカラーからモノクロへと激しく交互に移り変わる。その精神世界は変調をきたしたのである。

思わず口から出た「我は死(神)、世界の破壊者なり」は主人公が暗記していたヒンズー教古典の一節だが、実は筆者が原作全体から感じたのは「罪」の根源の問題、つまり創世記の「原罪」だった。

その行為への神の戒めは「あなたは必ず死ぬ」。彼と研究者仲間はやってはいけない行為に突入し、人類史をまさに破滅と死の方向へと舵を切らせたからである。

オッペンハイマーはロスアラモス研究所長を辞任した後に、トルーマン大統領に謁見したときに「私の手は血で汚れている」と吐露する。

「いや、君は関係ない、原爆投下命令したのは私だから」とこの政治家は答えるのである。

映画中に、打倒目標にしていたヒトラーのドイツが5月に降伏した後に、目標が日本に変わる場面が出てくる(しかし日本での惨状はいっさい出てこない)。明らかに日本は背後にある当事者国である。もし7月26日に出されたポツダム宣言を受け入れ、戦争をその段階で止めていれば原爆は落とされることはなかった。なぜ日本は戦争を引き延ばしたのか。

クリスチャンがこの現代的な「原罪」のテーマを深めることを願って、昨年に『閉塞日本を変えるキリスト教-公共神学の提唱』(いのちのことば社)を上梓した。

 

 

稲垣久和=東京基督教大学名誉教授。1975年東京都立大学大学院博士課程修了(理学博士)。CERN(ジュネープ欧州共同原子核研究所)研究員を経て哲学・神学に転向する。アムステルダム自由大学
哲学部、神学部で研究員、客員教授を経て1990年から東京基督教大学教授を務め2022年
に退職。著書に『宗教と公共哲学』 (東京大学出版会、2004年)、『働くことの哲学』(明石書店、
2019年)など多数。

 

映画『オッペンハイマー』 (原題:Oppenheimer)
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローヴェン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー
原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン 「オッペンハイマー」(2006年ピュリッツァー賞受賞/ハヤカワ文庫)2023年/アメリカ 
配給:ビターズ・エンド  ユニバーサル映画 R15  © Universal Pictures. All Rights Reserved.
公式サイト:oppenheimermovie.jp

 

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