歴史や社会の問題の背景をじっくり俯瞰(ふかん)する機会にもしたい。
『古代イスラエル宗教史 先史時代からユダヤ教・キリスト教の成立まで』(ミヒャエル・ティリー、ヴォルフガング・ツヴィッケル共著、山我哲雄訳、教文館、4千620円税込、A5判)は考古学・宗教史学の視点で、新石器時代から初代教会時代のイスラエル地域の宗教模様を概観する。あくまで学術的な実証を重視し、聖書記述について、歴史学的な視点から率直な疑問を呈する事項もある。だが考古学には新発見がつきものであり、著者も「われわれの理解は、常に暫定的で不完全なもの」と認める。各事項と聖書の記述を照らし合わせてみると、気づきがある。そのとき『聖書がわかる資料集 系図・年表・地図』(いのちのことば社、2千200円税込、A4判)など聖書的歴史観による資料が役立ちそうだ。


開港地・函館に近い、青森・弘前は、後に「弘前バンド」と呼ばれるほど、近代初期に各界で活躍したキリスト者青年たちを輩出した。その一人長谷川誠三は、主流派のメソジスト教会から、少数派のプリマス・ブラザレンに移ったため、キリスト教史の中で見過ごされがちだった。そんな彼に光を当てたのが『長谷川誠三 津軽の先駆者の信仰と事績』(岡部一興著、教文館、4千180円税込、A5判)だ。弘前女学校(現弘前学院)設立、青森りんごを全国区にした敬業社設立、藤崎銀行設立、牧場経営、鉱山開発、日本石油の大株主…とまるで「青森の渋沢栄一」だ。封筒を裏返して再利用するほどの倹約家だが、慈善に篤い。日曜学校校長を務めるなど熱心な信徒だった。教派からの分離の件には教会や宣教の在り方を考えさせられる。


今でこそ、「多文化共生」を掲げる川崎市だが、長らく在日コリアンの差別問題を抱えてきた。『個からの出発 ある在日の歩み 地域社会の当事者として』(崔勝久著、風媒社、千980円税込、四六判)の著者は、教会の青年たちと共に、日立就職差別裁判に取り組み、韓国の民主化運動を目撃した後、川崎の地域課題に取り組む必要を覚え、社会福祉法人青丘社の働きに尽力する。ところが著者自身の問題もあったようだが、どの働きでも分裂を経験。著者の主張によれば、国家や団体、民族の論理が、「個」よりも優先されたとき、良い働きも歪むと言う。そこから「多文化共生」そのものにも差別問題を覆う構造があると指摘。同様の隠ぺい構造を批判して原発メーカー訴訟運動にも進む。スクラップ回収からレストラン、ぬいぐるみ製造、と「小渋沢」的な事業家の側面もある。


原爆投下から75年を迎え、来年には核兵器禁止条約も発効される見通しだ。宗教界では昨年5月に核問題を討議するシンポジウムが開催、11月に教皇フランシスコが被爆地長崎、広島で講演した。それらを収録したのが『核廃絶 諸宗教と文明の対話』(上智学院カトリック・イエズス会センター 編、島薗進編、岩波書店、千980円税込み、四六判)。シンポでは、被爆者、核廃絶国際キャンペーンICANの創設者や、通常なかなか集まれない伝統宗教と新宗教の担当者が一堂に会した。立正佼成会と創価学会の担当者が同席したことも、この問題への意欲を感じさせる。不信の時代の中で、良心と魂に訴える宗教者の在り方を、それぞれの信仰背景の中で模索している。

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